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おでんに新触感!魚河岸あげ 開発秘話
「魚河岸あげ」誕生の背景
紀文は1980年代「飲みやすくおいしい豆乳」の開発に成功し、豆乳ブームを作り出しました。 そこで培われた大豆加工技術と、優れた魚肉加工技術を融合させ、より健康的でおいしい、紀文らしい商品の開発に取り組みました。大豆のタンパク質もお魚のタンパク質もどちらもとても優れた栄養素です。健康な食生活のための新しい商品開発が紀文の使命だったのです。
「魚河岸あげ」誕生の背景
「魚河岸あげ」誕生のきっかけ
紀文が目指した魚肉と大豆を使った健康的な「新しいねり製品」の商品開発は、予想以上にハードルが高かったのです。 そこで発想を転換し、「弾力」を重視する従来のねり製品の常識にとらわれないことでできたのが、今までにない、ふんわりクリーミーな種。あまりに柔らかいため、ディッシャーで丸くすくい上げ、油で揚げたところ、食感・甘みのほど良い「魚河岸あげ」の第一歩ができたのです。そして1985年秋の「魚河岸あげ」発売以来、「今までにない味と食感がおいしい」と20年以上にわたってご愛顧いただき、おかげさまでロングセラー商品になりました。
「魚河岸あげ」の名前の由来
今までにない新しいタイプの揚げものなので、登場感・鮮度感のある商品ブランド名をつけたいと、ネーミングにもこだわりました。担当者がイメージを膨らませ、「魚河岸にある豆腐屋が作った揚げもの」という意味で「魚河岸あげ」というネーミングがついたのです。
魚河岸とは?
1 魚市場のある河岸。また、魚市場。
2 東京の築地(つきじ)にある中央卸売市場の通称。
市場の始まり
江戸に幕府を開いた徳川家康は、江戸城内で働く多くの人々の食事を用意するため、大坂の佃村から漁師たちを呼び寄せて、魚を幕府に納めさせました。一方、漁師たちは取れた魚の残りを日本橋のたもとで売るようになり、これは魚河岸(魚市場)と呼ばれ、現在の東京都の市場の始まりといわれています。
< 「大辞泉」 「東京都中央卸売市場ホームページ」より引用 >
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